チュクチュクしちゃうの

見てほしいけど見られると恥ずかしい話です。そっとお聞きください。

YUI と高校の湿った記憶

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お題「初めて買ったCD」

 

初めて買ったCD、というより初めて買ってもらったCDのはなし。

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おそらく中学2年生のときだったと思う。YUIの3枚目のアルバムを母親に買ってもらった。ウォークマンを買ってもらったのもちょうどこの頃だったと思う。これを境に、僕の日々の生活に「音楽」という要素が付け足されたのだった。 

数年前にYUI は確か活動休止をして、最近ではもうあまり見かけなくなったように思う。僕にとってはもう十分過去のひとになってしまった。確か彼女は、僕が中学生、もしくは高校生の頃も少しの間活動を休止して、それをきっかけに僕の静かな情熱は途絶えてしまったのではなかったかな と思う。3枚目のアルバムから過去に遡ることはあっても、それ以降の曲はほんの数曲しか知らない。…というよりも、単純に3枚目のアルバムが好きすぎただけかもしれない。このアルバムは本当に好きだった。何度も聴いた。順番通りに何周もしたし、同じ曲を一日中聴き続けていた日も多分あったと思う。多分じゃない、絶対あった。昔も今も一つの曲を丹念に聞くのが好きだ

もちろん初めて買ってもらったCDだから、聴いている期間というか、手元にあった期間は一番長いということになる。特に中学・高校時代は何度も何度も聴いた。中学校に通うまでの自転車の上で聴いていた…かどうかは思い出せないけど、高校にたどり着くまでの電車の中ではほぼ毎日何かしらの曲を聴いていたと思う。

高校の頃は朝に弱かった。電車はぎゅうぎゅうだし、田舎だから毎日知った顔が乗ってくる。年を取るにつれて疎ましくなっていく同級生の男子とか、田舎のヤンキーみたいなのとか、態度のでかすぎる私立高校の野球部とか、嫌なものがたくさんつまった電車だった。それに高校のときの僕は今以上にださくて、若さに頼りきりで、少しませていて、自分に自信があったりなかったりした。とてもださかった。目も当てられないくらいださかった。そんな自分で人とかかわるのも居心地が悪かったんだと思う。とにかく朝の通学電車には嫌なものがたくさん詰まっていた。(多分楽しいこととか、ふつうに人と話して通った日もあったと思うんだけど、今はそういう気分ではないし、演出の都合上この不衛生な電車は必要だと思う。)そういうものから逃れるようにして、かなり大きい音で音楽を聴いていた。外の音をあんまり聞きたくなかった。友達もいなかったし話すこともなかった。

 

長い間聴いた音楽には、気づかないうちになんらかのエピソードが溶け込んでしまうことがよくあると思う。音楽とともにそこに流れていた出来事や、象徴的な意味での風景が、持っている価値や重さとは無関係に結びつけられてしまう。玉手箱からフリーズドライのインスタント味噌汁まで、そこに保存された色々は様々だ。中身の詰まったお話もあれば、日常的で些細な風景まである、ということ。例えば東京事変の「キラーチューン」を聞くと、僕は実家の台所を思い出す。夏のよく晴れた午後、テレビでMVを見ている僕と何かしらの作業をしている母親。

しばし時を経て、視点を現在に戻す。僕はいま大学生で、場所はパリ。大学生になってから随分時間が経ったように思える。中学、高校、地獄、(そしてテロ。) 不安定な情勢をようやく通り抜けて、比較的平穏な日々を過ごしている。この安らかな自然がいつまでも続いてほしい、何も変わらないでいてほしい と思う。湿った過去とはもう永遠に交わることがないだろう。確かにクリアはしていないけど、明らかに僕は全く新しい別のステージで新しい自然を作り始めている。びしょびしょに濡れた惨めな過去なんてもう触れたくもないね。

 

 

 

と思っていた。気付いた時にはもう遅かった。玉手箱が開いてしまっていた。

つづく(と思う、多分。)